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高岡蒼甫の意見


「この国の一大事な時にどさくさ紛れに、欺いて偏りをみせてる今の体制がすごく気持ちが悪いと思った。誤解を与えてしまった皆さんには申し訳ないと思いますがどうか今回の事はご理解していただけたら嬉しいです。決して自分は韓国に対する批判はしてはいない。日本を引っ張っていってる人間たちに対する抗議の意味だと理解をして欲しいです。このままじゃこの国はダメになる」

言い方がまずかったんじゃないかな。

まず、ボクは・・・

◆この人を知りません。観たこと多分ないです。(井筒は大嫌いです)
◆韓国ドラマというのをちゃんと観たことないです。もっとも、日本のドラマも観てないけど。
かなり以前に「シュリ」は観ました。十分に画面からなんともいえないエネルギーは感じました。

最初のこの人の意見で、そりゃちょっと違うだろうとは思いました。

ボクらのような一般人(オーディエンス)が言うのなら分かるけど、お前はそちら側の人間だろ?

実力(集客)で負けてるのに、韓国批判(最初はしてましたよね)はみっともない。

だったら、実力でそれを上回るコンテンツを作ればいいだけだろう。

テレビ局なんか、視聴率が上がればそれでいんだから、韓国コンテンツだって、使い捨てなんだから。

だったら、劇場映画はどうなるんだ?

ハリポタにもその他のハリウッド映画にも、(興行収入で)全く太刀打ちできてないのに、上映規制とかしなくていいのか?

伍してやってるのはのは、ジブリだけじゃないの?

で、タブー(?)に触れて引退ってか?

勝手にしてください。

それだけの事を言ったらどうなるかわからなかったのでしょうか。

ちょっと、危ないヤツくらだったら、俳優なんて仕事はいくらでも続けられると思うが?

チャプリンだって、赤狩りにあってアメリカを追放されたんだから。

公人が発言するんだったら、もう少し腹をくくるべき。

勘違いしてる部分はあると思うけど、若いんだからどうにでもなるし、それくらいのことを受け入れられない国なら、ヤバイよ。

けど、日本は大丈夫だと思うけどな。

まあ、彼に賛同はできないけど、意見を言えるヤツの方がいいです。 続きを読む 高岡蒼甫の意見

ゲイについて


性同一性障害が認知されて久しくなります。

で、テレビにそうなのか、そうでないのかのお姉系タレントが引っ張りだこ。

かなり前から、ゲイバーとかでは、お笑いをメインとしたショータイムが大人気でした。

大阪ではキタの「ベティーのマヨネーズ」、ミナミの「冗談酒場(パブ)」。

淡々とゲイであってくれればいいのですが、どうも彼ら(彼女ら)は過剰にゲイであることをギャグにしてアピールする。

必要以上に下品なんで、ちょっと閉口してしまいます。どうも、あのノリにはついていけないです。

オカマという言葉があります。おすぎとピーコは盛んに自分達をオカマと呼び、重鎮・美輪明宏から嫌われていますね。

美輪さんとしては、自分達は「オカマ」という言葉に象徴される差別と必死に戦ってきたのに、それを軽々しく(自虐的に?)商売に使うなということらしい。

彼らにしかわからない微妙なところがあるんでしょうが。

ゲイ・オカマ・おねえ・・・この差も微妙。

中でもやはり美輪さんは別格なんでしょうねえ。

化物と呼ばれて激しい差別にさらされて。しかし、何者にも媚びることなく、芸(ああ、どうしてもゲイとかけてしまう(;´д`)トホホ…)の力で真っ向勝負して一流のポジションを勝ちとってしまった。

多分、ゲイ疑惑の大きい三島由紀夫の擁護が大きくあったことは想像に難くありません。

その三島の後輩であった石原慎太郎が、少し前に、ゲイのテレビ出演に関して、「テレビなんかにも同性愛者が平気で出るでしょ。日本は野放図になり過ぎている。」などと発言してたらしい。

あまつさえ、「ああいう人たちはどこかがおかしいんでしょう。」というような意味のことも言ってたらしい。

こいつ普通に考えておかしいし、差別主義者(誤解を恐れずに言いますが、詳細は改めて)のボクでさえ、「( ゚Д゚)ハァ?」という内容です。

恋愛対照に限って言えば、異性が好き、同性が好きというのは、コントロールできるものではありません。

ゲイは生得的な要素です。成長の過程で心と体の齟齬に死ぬほど苦しんで悩んでいる子ども達もいるというのに、そんなことにすら思いが及ばないのでしょうか。

いつものことですが、人の痛みのわからないクソオヤジです。

事実、ボクが子供の頃(かなり前)小学生なのに完璧オネエ言葉のゲイのクラスメイトがいました。

そのころはそんな状態を理解できず、こいつはネタか?とか思ってたのですが・・・あれは真性ですね。

ボクは普通に付き合ってましたが、かなりイジメにはあっていたと思います。今どうなってるのか気になります。

ほんとに強者・石原慎太郎については、頭は良いしマッチョで才能もあるのでしょうが、どちらかというと、この人もある意味(精神的)障害者なのかなと思ってしまいます。

そもそも「性同一性障害」と診断されている人も多くいるのです。

『障害』ですよ(最近は「障碍」「障がい」と書いたりしますが)。障害のある人に「ああいう人たちはどこかがおかしいのでしょう」って、やっぱりこういう発言者も思考の不自由な人と考えざるをえません。

どうも石原慎太郎については一言多く言いたくなってきます。

で、そのお姉系タレントについて。

やはりここ数年で一番活躍しているのははるな愛ですかね。

実は十数年前、一度だけ「冗談酒場」に行ったことがあるのですが、その時に接客スタッフ(w)で、えらいカワイイ子(勿論ゲイ)がいました。

超人気で、一瞬席にいたと思ったら、次々と別のボックスに移動する。ほんと、ぴょんぴょん飛び跳ねる感じでした。

勿論、店のイチオシで、立派なポスターを作って、あちこに貼ってある。

最近になって、その子が「愛ちゃん」と呼ばれていたことを思い出し、\(◎o◎)/!あ”ーーー、あれはるな愛やったんやと。

そういうショーパブ出身なので、はるな愛もそのノリでですよね。最近はひな壇とかで活躍してあまりピン芸は披露してませんが。

やっぱ、若干お下品。

その他、あまりテレビを観ないボクでも、画面を観るたびに見るのがマツコ・デラックス、ミッツ・マングローブ、IKKOあたり。

まあ、このあたりはそうでもないんですが、どうしても過剰に性的な部分をアピールしますよね。

ハードゲイは特に。

昔から、プロレスラーのギミックとして、ゲイ・レスラーというのはいました。

やはり過剰なものでないとアピールできないので、極端な方にはしります。

どピンクの衣装だったり、対戦相手にキスしたり。

日本人では男色ディーノというインディーレスラーがいるのですが、この間はボブサップに「ゲイ殺法」で勝利したらしいですwww

なんかオーバーパンツを脱いだり、ディープキスしたり、ゲイ=変態セックス依存症的なイメージを与えます。

ここまで極端ではないですが、そういう切り口でアピールしているゲイ人ゲイ者も多くいるようですが。

こういう人たちは、同じ側の人から見てどうなんでしょうかねえ。

ボクがそうだったら、あんなのと一緒にしないでほしいとか考えると思うんです。

普通に淡々とゲイとして普通に生きたいと。

そっち系のベクトルの人たちもいますよね。

椿姫彩菜とか佐藤かよとか。(まあ、異常にキレイなんですけど)

ゲイは正常の反対側にある存在であるとは思います。

異常ではあると思いますが、矯正すべきものでもないと思います。

あくまでもマイノリティであるのであれば、それはそれとして社会的には認められるべきでしょう。

いわれなき差別者石原慎太郎的な圧力には負けず(負けないけど)、今後、極端にならずに淡々と生活できるようになればと思います。

あ、済みません。オナベについては、あまり目立たないのでスルーしましたが、同様ですので。

自販機の節電


について、石原君が言ってたね。

自販機なんていらねえって。

本日、田舎道を車で走行中、コーラが呑みたくなって、自販機の前で停まった。

太陽ギラギラの猛暑です(;・∀・)

コーラ屋のお兄さんが機械の調子を見てるっぽい。

サンプルを見ると、透明アクリルがバキバキに割れている。お兄さんが危ないの気をつけてくださいって。

誰やこんなことするアホは。壊れている位置からしてわざとやらないと、こうはならんぞ。

中途半端なボーやんの仕業か?

で、話しを戻すと、こんなに沢山(どこにでも)自販機があるのは日本だけだ!とか。

ほんとにそう思う。どこから電源とってんの?っていうとこにもあるし。

しかし、外国でこれだけ自販機があったら、ほとんどこんな状態(壊される)だぞ。と言う人もいる。

ペットボトルを首筋にあてて、体温調整しているおばちゃんとか見ると、自販機(オアシス)がこれだけ壊されもせず普及している日本は、やはり民度が高いのかなと・・・。

問題な日本語


また、つまらんツッコミですが。

イヌ・ネコもね!

×あげないで

○やらないで

だからね、なんで鳩ごときに敬語を使わなければならんのかということですわ。

この間BSで「魔法にかけられて」というディズニーに映画をやってたけど。

ドブネズミ・ゴキブリと同列で鳩も扱われてたよ。

できるだけ笑って生きるには


大好きなDJであり、京都外国語大学の英語講師でもある佐藤弘樹さんがコラムで嘆いておられた。

映画館の中で中年男女のあまりのマナーの悪さに、映画のストーリーなど全く分からなかったと。

そのコラムを読んで自分のことだけど。

映画だけでなく、パブリックな場所で不快に思うことは多々あるよね。

もちろん、自分が加害者になっていないという保証もない。

単に自分のこだわりに抵触しているだけの場合もあるだろう。

自宅となりのコンビニの障害者向け駐車スペースは、かなりの確立で車が入っている。

障害者と健常者の見分けというのは非常に難しく、それらは常に障害者なのかもしれない。

車内に駐車許可証を確認できることもあまりなく、これはえらい確立だとは思うが。

バスや電車の音漏れシャカシャカ。これもヤングはカナル式やデカヘッドホンの場合が多いので、オッサンの場合が多い。

飲食店などは、最近は結構分煙や禁煙が進んでいるので、問題は少ないが、大阪市内なんかでも歩きタバコの爺さんなんかは良く目に付く。

もう、このあたり(の世代)は諦めるしかないのかね。

で、映画館。

ボクはそれほど、不快な思いは多くない。

なぜかと考えると・・・。

まず、レイトショーで観ることが多いので、基本的に観客自体が少ない。いないといっていい場合もある。これはメジャーな映画の場合が多い。

そして、もう一つは映画の内容がマニアックなものが多い。

つまり単館上映や名画座。映画ファンしか観ない状況なので、みんなマナーがいい。

と、いうように、自分の精神衛生を良く保つにはかしこく立ち回らなければいけないということですね。

もちろん、社会そのものを良くしていく努力も必要なわけですが。

あと、できるだけ小さなことに目くじらをたてない・・・と。

テレビもほとんど観ないけど、そのたまに観るテレビでも嫌いなヤツが大勢出てくる。

この間思ったんですよね。

嫌いやヤツでも全否定せずに、肯定するところからはじめてみようよ。

きっと、いいところもみえてくるよ。

んーーーーーーん(^_^;)

でも、まじで嫌いなヤツはどうしてもなあ、きついなあ。

テレビの威力


昨日の午後、ここ北大阪ではゆらーり、ゆらーりという感じのゆるい揺れを感じた。

ボクも含め、みんな自分の体調かと思ったようです。めまい?

しかし、ぶらさげてある鉢植えがぷらぷらと揺れている。

あ、こりゃ、地震だと。

阪神淡路大震災をまがりなりにも経験している関西人は、地震に関して、敏感であると同時に、少々の揺れには免疫のようなものもある。

小さな揺れでいちいちあの禍々しい記憶を呼び起こしていたのでは、精神が持たないというのもあるのかも知れない。

ずっと、ラジオをつけてPCに向かっている状態では、あまり事態が身に迫ってこない。

聴いていたFMCOCOLOのDJが災害情報を手短に話しだし、ずっと、控えめの音楽を流し始めた。

落ち着かせるための選曲とのことだが、結構脳天気なチョイスだったように思う。

クラシック限定で良かったんじゃないの?

お陰で、こんな大被害とは全然思わなかったよ。

たしかに電話がつながりにくくなったけど、それほどでもなかったし。

結局被害の実際を確認したのは、遅くに帰宅してテレビを見てからのことだった。

横浜のいとこに連絡がつかず、ショートメールを送って、1時間くらい後に大丈夫の返信があった。

普段、テレビを見る習慣がないのだが、やはり、映像でみる情報というのはすごいものがあるなあ。

一番分り易いのはやはりテレビなのか。

やはり、改めてネットとテレビの両立もしくはさらなる融合がより良いあり方であると思った。

しかし、思わず、ツイートしたが、フジテレビのアホレポータには声を上げてしまいましたわ!!!

φ(`д´)カキカキ

寒い中、目の前でバスが一杯で乗れなかった、帰宅困難者に向かって、

「早く家にかえりたいですか?」・・・って、

お前脳みそあるのか?(#゚Д゚)ゴルァ!!

安藤優子さんは7〜8時間出ずっぱりだったようですね。ご苦労様です。

今朝見たら又出てましたが。

ウチの娘が、安藤さん早く休ませてあげてーって言ってましたよ。

もちろん、津波やいろいろありますが、今、一番心配なのは、原発です。

世界規模で処理すべきです。

クリエイターなのか?


最近、言葉は移り変わるもの。誤用に目くじらをたてるなという論調が強いように思う。

そうか?そうなのか?

いや、それは一理あると思う。

「全然」の使い方。

これは打ち消し否定の前提である。「全然」ときたら、否定形で受けなければならない。

と、思うが、かの夏目漱石も肯定の意味で使っていたらしい。

「全然おいしいっすよ!」

いいでしょう。ボクはこの言い回しは「全然”問題点なく”おいしい。」の省略形として存在するのだと思ってました。

でも、まあ、解体すると「全く」「然り」であり、全然問題ないのかもしれない。

その他、いろいろと耳にひっかかる言い回し・誤用が目立つ。

中でもここ最近。これ


http://bit.ly/gll2FA

「ゲキを飛ばす」「~にゲキ」

これはなんなんだろう。

今日び、キーボードを叩けば「檄を飛ばす」と変換されるはずだ。

検索すればすぐに出てくるはずだ。

文章でメシを食ってる人間が、商売道具をおろそかにしているとしか思えない。

これらはまだ年少の読者も当然、想定しているだろう。

彼らはまず、正統的な正しい由来の知識を身につけなければならないはずだ。

これらの造語?新語?が、知っていて誤用しているのであれば、共通認識の上に立ってのことであれば、ある意味理解もできる。

しかし、これは違うだろう。

多分、「ゲキ」には音感から「激」の意味合いを込めたいのだと思う。まあ、例えそうであっても意味がわからないが・・・。

多分、激しく応援する・叱咤激励するような意味で使いたいのかとは想像できる

「檄を飛ばす」はこれで成句である。

「檄」と「激」は全く違うものだ。

「肺」と「柿」が違うくらい・・・違う。

「檄」=昔の中国で、軍隊に指令を送るために用いられた「木片」のこと、と記憶している。

「檄を飛ばす」=指令文を伝えるということになるか。

又、もしくは、自分の考えをひろく伝えるものであり「檄文」のことでもある。

幕末の「落書(らくしょ)」などもこれにあてはまるかも知れない。

近くは三島の「檄」が有名だろう。

(その三島は、北杜夫の小説名「白きたおやかな峰」に対して北に「激」怒したという。文語と口語をチャンポンに使うとは何事か!と。まあ、レベル的にスーパーサイヤ人同士の戦いみたいなもんなので、この件についてはなんとも言えませんが)

このように言葉はそのバックに然るべき来歴があって成り立っている。

てんでに勝手に好きなようにひねくり回して、コミュニケーションがとれなくなっては言葉として機能しない。無秩序である。

いわゆる「若者言葉」が存在するのは、創造力の発露であって、構わない。

問題はそれに迎合する年長者だ。

そう簡単に誤用が許されるべきなのだろうか。

誤用は多いに叩かれるべきものであると思う。

叩かれまくって、それでもなお淘汰されず生き残っていくものはそれでよし。

ボクの考えね。

ちなみに「かっこいいい」。これは戦後の造語だ。

今、これを言い変えろと言われても、言葉に詰まってしまう。

一つ付け加えると、上記の記事は高木裕美氏と文責を明確にした上で敢えて誤用をしている。

インターネットという、瞬時に地球全域に発信できる方法で。

ボクの感覚だが、昔からプロレス・格闘技関連の記事に間違いが多いように思う。

これらは野球やサッカーというメジャースポーツからみると、どうしても一段下の扱いだった。

それが「ナンバー」レベルの一流誌になると、誤用が見られなくなる。

ここから類推するに、どうしても、無知による誤用ではないのか?と、うがった見方もしてみたくなる。

つーことだ。

パチンコについて


パチンコが理解できなくなって、何年たつだろうか。

もう、パチンコはボクのしっているパチンコではない。ハンドル式・・・手で打たなくなった時点でおかしいなと感じた記憶がある。

ま、国営カジノの方が健全な気がするね。

常々、パチンコのテレビコマーシャルの過熱ぶりを観るたびに???だった。

遊びとしてではなく、構造としてやっぱりおかしいよな。もう一度考えよう。