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映画レビュー:この世界の片隅に


この世界の片隅に

この世界の片隅に

なんとかロードショー・ロングラン中に観に行く事ができました。

っつても、偶々安く観られる日で、いつもは映画観ない層(多分)の客でかなり混んでいて、年齢層が高い高い。一日一回の上映しかないせいもあるし。

なもんで、マナーが分かってない。上映中に続々と入ってくるし、席を立つし。どんだけションベン近いねん・・・と。

なんか、シネコンでこういう状況は久しぶり。いつもはガラガラな事が多いし、単館上映とかは映画好きばっかりでマナーが分かってるし。

ま、いいけどね。本来はこういうものだからね。


それはともかく、名画でした。

予想を上回るでもなく下回るでもなく、良品です。

なんか、のんの声を聴くと癒やされて涙が出てきました。

テレビを持っていないので、知らなかったのですが、一度テレビドラマ化されてるんですね。

主役のすずさんが北川景子って、どうなんでしょうかね。

すずさんは美人である必要ないです。心が美人ですけど。

こんなポヨポヨした絵でこれだけリアリティのある戦争が描けるんですね。

背景が凄いです。
当時の広島・呉の街並みを、良くこれだけ調べて描いたもんだと思います。

人物がユルめに描かれているので、そのコントラストでより一層引き立ちます。
水木しげる的な効果ですね。

かなりショッキングなシーンもあります。

「はだしのゲン」的な。

原作は読んでいませんが、読んでみたくなりました。

作ってくれてありがとう的な映画だと思います。

しみじみと良さがにじみ出てきて、これからもさらに広がっていくような。

★★★★★

おまっつぁんのこと   2


路地
もっと苔むしてましたが

ボクは祖母である、おマツさんに結構厳しく躾けられました。

良く人様から姿勢が良いと褒められますが、これは祖母の訓育のたまものです。

猫背で顎を出していたりすると「姿勢が悪いっ」と厳しい言葉が飛び、常に祖母の横にある針山の差しが飛ぶこともありました。

これは現在最も有り難いと感じることですが、ボクが同じことを娘に言っても、全く効果がないのはなぜなのでしょう。

祖母は基本的に厳しいのですね。いろいろと。でもまあ、手を挙げられた記憶はありません。そんなに悪い子でもなかったし。

彼女の意見の基準は単純です。

曰く。

「昔の兵隊さんは云々」

耳タコで聞かされたのが、南方に送られた兵隊さんは、灼熱地獄の中飲み水がなくて泥を踏みしめて染み出した水を飲んでいたと・・・。
見たんかい!!

大体、高度経済成長の幼児にそんな極限状況な描写をされても、っちゅう話ですわ。
いや、幼かった当時ですら、そんな感じで聞いていましたね。


大体、ボクは神経質で、良く祖母から「カンショウヤミ(疳性病み?)」と言われていました。細かいことが気になり、汚れとかに敏感だったのでしょう。
それは今でもそのままです。
電車の吊革持てない派です。
よそんちのご飯が食べられない派です。

ボクに対して、男の子としてそれが許せなかったのでしょう。
良く叱られたものです。


祖母の記憶を思いつくままに書いていきます。

祖母は煙管でタバコを吸っていました。もしくは紙巻たばこ「しんせい」。

良くタバコを買いに行かされたものです。
今ではありえませんが、昔のタバコ屋さんは、こどものお使いで売ってくれたのです。

煙草盆を前に置いて、煙管を吹かせたいたのを覚えています。
粋な所作でしたね。

粋といえば、見たことはありませんが、祖母は三味線も弾けたようです。嗜みとして習っていたのでしょうか。

祖母は時代劇を観るのが好きでした。ある時、お気に入りの時代劇を観ていると、ある登場人物が三味線を弾いているシーンがありました。

どうやらその俳優は三味線が弾けなかったらしく、当て振りで演技をしていたようなのです。

その所作を見た途端、祖母はぼそっと「そんな手つきで三味線が引けるかいな。」と吐き捨てるように言いました。

普段、テレビにそれほど突っ込んだりはしないので、おそらく、そうなのでしょう。

おぼろげですが、幼かったボクは「おばあちゃん、三味線弾けるの?」と尋ねたように記憶しています。

粋とは違いますが、彼女は若いときに東京に住んでいた事があるようです。
で、いつも「海苔の佃煮 磯自慢」(もしくはそれに類するもの)ばかりを食べていたとのことです。

なぜかというと、他にいろいろと注文をすると会話が発生し、「これおくんなはれ。」などというと、失笑され、それが苦痛であったからということです。多少誇張はあるとは思いますが、おそらく事実でしょう。

今、東京に言っても普通に周りから関西弁が聞こえてきますので、隔世の感はあります。


祖母が倒れたとき、ボクがいました。というか、祖母の他にはボクしかいませんでした。

自宅で突然苦しみだし吐血をしました。鮮血ではなく、血の塊を履いたのでした。

まだ10代で気が動転していたボクはなぜかご近所の仲良しのおばさんに電話をし、かかりつけ医に電話をするように言われました。

本来ならば、当然119番救急車なのですが、なぜかその時はそんな当然のことも思いつかない。

往診の後先かは覚えていませんが、ボクは祖母を移動させるために抱きかかえました。上半身を抱きかかえた途端、非常に重く、手が滑って背中から落としてしまいました。

その時に見上げた祖母の目が「何すんねん!」と叫んでいるようで表示怖かった。忘れられません。

その後入院し、しばらく患ったあとに亡くなりました。

一度、病室で付き添っていたとき、爪を切ってほしいと言われました。

祖母がボクに対してそんな風に甘えたようなことを言ったのは後にも先にもそれだけです。

ボクは爪切りで祖母の爪を切りました。

祖母の爪は乾ききっていて、まるでウエハースをパキパキサクサクと剪んでいるようでした。

しかし、思えばそれがボクが祖母に対して行った唯一の孝行なのかもしれません。

ボクが生まれる前のことは知りませんが、そんな風に一生懸命といういうよりは、淡々と送った生涯だったように思います。

祖母は一生は幸せだったでしょうか。

おまっつぁんのこと  1


ボクはご幼少のみぎり、両親が共働きでした。

なので、同居していた母方の祖母が面倒をみてくれていたのでした。

名前を「マツ」と言います。このエントリータイトルはそういうことなのですが、別に当時彼女ををおまっつぁんと呼んでいたわけではありません。

ちなみに住んでいたのは長屋。社宅なのですが、形状的には長屋です。

日本製鎖という会社の社宅だったようです。おそらく社屋が移転でもしたのか、その頃は社宅ではなくなっていました。
斜向いのおばあさんは糊を商っており、玄関を開けると、ひたすら洗濯のりが並んでいたのを覚えております。
普通の棟続きの薄い壁なのに、印刷機を置いて仕事をしている家もありました。

なんにしても、大阪市内の町中ならともかく、田舎の長屋というのもわびしいものです。

横には一面田んぼが広がっていましたし。


ボク自身もそうですが、特に何事かを成した人物では(少なくともいまのところ)ありません。
今死んでしまえば、ボクという人間が存在した記憶はほぼなくなるでしょう。

それは全然構いません。むしろ望むところではあります。できれば墓もなく、そのあたりに散骨でもしてもらえればありがたい。さっくりと忘れ去られたい。潔く。

ただ、記録として、個人史として、何か面白いものが残っていても良いかなあとは思います。
このブログはそういう意味もあります。

極悪非道な猟奇犯罪者として名を残すより、善良な一市民として、風が吹くように忘れ去られる方が良いですもんね。

しかし、特にこのエントリーなんか他人が見ても特に面白くもないし、役にも立たないと思います。今のところアフィリエイトもやってないので、それでも良いのです。


さて、そんなことで祖母の件ですが、まさに生まれて生きて死んだ、何ということもない市井の徒のその他大勢さんでした。

といっても、何度かの戦争を体験し、いろいろな体験もしてきてはいます。

そんなことをBIGDATAとして残しておいても面白いんじゃないか・・・と思ったりもするわけです。
何の役に立つのか、実際にやれば全世界的なプロジェクトにもなり得ると思いますが、まずは最初の一歩から。


彼女が生きていればおそらく今年で110歳になると思います。ということは、明治40年生まれということになりますかね。

生誕地は知りませんが、和歌山市内に住んでいたようで、その後大阪市福島区に移っています。
連れ合いは写真でしか知りませんが、印刷所を経営したりしていたようですが、若くして病没しています。
その後、戦争中の疎開で大阪府高槻市の梶原に行き、そのまま終戦後も暮らしていたようです。

容貌はというと、ありがちな福々しいおばあさんではなく、ちょうど朝日新聞の4コマ漫画「ののちゃん」に出てくるおばあさんによく似ていました。
なんか、割りと常に眉間にシワを寄せてる感じでしたね。機嫌が悪いというわけではないんですけどね。

性格もののちゃんのおばあさんのように、結構気が強い人でした。

何と言っても生まれたときから面倒を見てもらい、教育されたわけですから、少なからずボクの人格形成にとってはキーパーソンです。

具体的には次項に譲ります。

読書レビュー:海と毒薬


著者 : 遠藤周作
新潮社
発売日 : 1960-07-19
映画公開時、鑑賞することができず、それ以来気になっていた作品ですが、今回の「沈黙ーサイレレンスー」公開により引きずられて読了しました。

ネタバレになりますが、プロットは有名なので、ある程度記載しても良いかと思います。

これは太平洋戦争中に起こった、九州大学生体解剖事件がモデルとなっています。

日本軍に撃墜されたB29の乗員米兵が捕虜となり、死刑判決を受けますが、通常の銃殺刑ではなく、生体解剖の犠牲になった事件です。

第二次大戦中の非人道的な生体解剖を扱った作品としては、大ブームとなった、森村誠一の「悪魔の飽食」シリーズがあります。ボクも読んだ当時に大きなショックを受け、トラウマとなった作品です。

「悪魔の飽食」はあまりに内容が直截的で、かつての帝国軍人に対する礼を失するというような激烈な批判に晒されたようです。

一方「海と毒薬」も発表当時、既に解決した事件に対する、さらなる過剰な断罪であるという攻撃があり、その後の遠藤の筆を鈍らせたような経緯もあるようです。

作品ないでは、九州大学とは書かず、九州のF帝大という架空の大学病院を舞台としています。いっそのこと九州ですらなくしても良かったのではないかと思います。

あまりにも非人道的な所業なのですが、舞台が戦争末期でもあり、モラルハザードも極まった感があります。

主に関わる若い医師二人にそれぞれの煩悶があり、この二人を主軸に物語は進行していきます。

おそらく、後にブラックジャックとドクター・キリコの造形にも影響を与えたのではないでしょうか。

翻って、同様に手術に関わった二人の看護婦はこの背徳的な行為に全く動じず、実に堂々としています。恐ろしいほどに。実際の医療現場でも、結構こんな感じなのかもしれません。

その他、権力側のエライ医師達と軍人たち。
特に軍人の感性は、現代では考えられない悪魔的な価値観です。

731部隊も南京も慰安婦も彼らなら躊躇なく実行するでしょう。

それが冷徹な武士道に通底するものならともかく、彼らは下卑た笑いを浮かべながら人権を蹂躙し、命の尊厳を否定します。
否、そこまでも思い至っていないのでしょう。

目の前の異国の兵士にも事情があり、これまでの人生があります。
彼らはそこになんの斟酌もありません。
葛藤があってこその軍人だとおもうのですが。

生まれた子供には未来が。老人には歩いてきた道の記憶が。
だからこそ、命は大切。

彼ら存在が創作の上の誇張であればと願います。

個人的に慰安婦問題は皆無ではないというのが、ボクの見解です。
あっただろうが、数の問題で盛りすぎじゃない?と思うわけです。

南京にしても、数十万人の死体をどうやって処理するのか。
本当であれば、明らかな物的証拠があるはずでしょう。
なので、もっとスケールを小さくすれば事件としてはあったかもしれない。
白髪三千丈の国の主張ですから、仕方ない。

その他、この物語には人間として唾棄すべき価値観を持った登場人物が複数います。

遠藤周作はキリスト者としての視点でこの物語を描いているのでしょう。

しかし、そのような視点を持たなくとも、「人」が善であるのか悪であるのか。
あるいは対立するものではないのか。考えます。

作者はこの小説の続編を執筆するつもりであったのですが、先に書いた批判に会い、それを諦めたということです。

読書レビュー:京都ぎらい


著者 : 井上章一
朝日新聞出版
発売日 : 2015-09-11
著者のことは比較的古くから知っていました。ブレイクする前から。
これほどの有名人になるとは思いませんでしたが。

様々なフィールドに造詣の深い人でありますが、ボクが知ったのはプロレス者(もの)としてでした。
まだ、プロレスが日陰者の存在であったころからですね。大方30年くらい前でしょうか。

兵庫県西宮市に鹿砦社という出版社があり、その会社が出していいたのが、知る人ぞ知る「プロレス・ファン」という冊子でした。

多分、創刊の原動力となったのは、当時まさに日本プロレスのエポックであった旧UWFであったと思われ、毎号の表紙には藤原喜明や佐山サトルのイラストが載っていたことを記憶しています。

そこによく寄稿をされていたのが井上章一先生。その頃はプロレスネタについて硬派に理論武装した人は、週刊ファイトの井上(I)編集長くらいしか存在しなかったように思いますが、京大出身のプロレス論客として、その名を心に刻んだのであります。
尤も書かれていた内容は、ほぼ何も覚えていませんが・・・

本書にも少しだけプロレスに関することが出てきます。それも、株式上場を狙っている新日本プロレスなどではない、ドマイナー団体のある選手の事で、いかにも井上先生らしいです。詳細は本書でどうぞ。

井上先生自身はボク達「外部」の人間からすると、嵯峨に生まれ現在は宇治に住まわれるド京都人なのですが、本書を読むとそれが100%否定されます。

端的に言うと、洛外に生まれ育ったものは京都人とは自他共認められないということだそうです。この「他」というのは、つまり「洛中」に生まれ育った都人(みやこびと)のことです。

この洛中洛外の人達の間だけで認識される感性に基づくもので、ボクも含めた都以外の人たちからすれば理解しがたいヒエラルキーがあるらしいのです。

大阪人のボクも薄々は「洛外のお人は京の人間やおへん。」という、京都人の言外の態度は知っていましたが、ここまでとは思いませんでした。

前の戦争というのが一般的にはWW2を指すのに対し、その戦災を免れた京都人は応仁の乱の事を言う、というのはジョークだと思っていたのですが、あながちそうでもないようです。

そんなトンデモ常識がまかり通っている(いた)京都の特殊な状況を冷静に面白くまとめた佳作です。

といっても、井上先生の視点も結構イケズで京都人の資格は十分にあると思うんですけどねえ。対外的に京都人と言われることに真剣に怒っておられる井上先生です。

※本書ではここに記載したような内容ではなく、しっかりとした知識と資料に基づいた表現が用いられ、この駄文はボク一流の表現であることを付記します。

読書レビュー:知の仕事術


著者 : 池澤夏樹
集英社インターナショナル
発売日 : 2017-01-12
敬愛する(といってもまだまだ良く知らないニワカですが)池澤夏樹さんの仕事術公開本。

SNSの話から始まりますが、ご本人は自身の事を語るなど、こっ恥ずかしくてできないそう。少し前からFacebookをROMっている私も同様です。

ただ、自己の記録として、WordPressによるブログのみは続けて行こうと思っています。それと、そこそこのフォロワーのいるツイッターは。

こういう知的生産の技術書というのは、昔から有名な書籍が何冊も出ています。知の先達たちが後輩のために親切にノウハウを公開してくれているのですね。

でも、わかっちゃいるけどついてけねー。というのが本音のところ。
それができれば苦労はない。継続は(天才)力である・・・と自己弁護で解釈しています。

それでも良いから、格好だけで良いからついていきたい。というので、同様な本にまたもや手を出してしまいます。

そしてもう一つ。基本は実践者の脳髄に帰結するのでしょうが、その時に応じたツールが出てきます。
本書は発行日が読書日と1ヶ月ほどしか違いません。まさに湯気の出ている新刊書でしょうか。なので、現在進行系のツールの解説も適切に行われています。
特筆すべき事として、著者は最初にワープロ原稿で芥川賞を受賞した人。創作のIT化に最初期に取り組んだ人でもあります。現在使用しているデバイスもiPhone6sPlusだったりして、ボクとおんなじ。

でも、あまり具体的に手取り足取りという紹介はありません。執筆にどんなソフトを使っているかとか。まあ、Wordのネタとかは出てきますが。

仮にアプリケーション名を挙げたところで、すぐに淘汰されてしまう(ドッグイヤー)運命ですから。私達自身がそこはさがしていくところでしょう。

最新の技術状況を踏まえつつ、外堀の埋め方をレクチャーしてくれます。
古典の読み方。紙の本と電子書籍の使い分け。等々。

フィールドワークのノウハウはまるでハンティングに行くよう。
で、シンプルイズベストですね。

日々身を削るように仕上げる執筆作業が目に浮かぶようです。膨大な資料を選択し、読破し、必要な部分を抽出し、作品に仕上げていく。産みの苦しみ。

そして脱稿した暁の爽快感・カタルシスは癖になると語っています。

私も掌編で良い(とはなんだ!)ので、創作チャレンジしてみようと思わせてくれる一冊です。

 

胃がん その9 腸閉塞発症


胃がんの術後、可能性として腸閉塞がおこることがありますと聞いていました。

胃切除術後に超同士が癒着しようとする現象らしい。

先日、お腹の具合も良いので、調子に乗って焼き鳥を食べに行きました。例の全国チェーンの280円の店。

よせば良いのに、やたらうまくてモリモリと。

そしたら、案の定、食後30分後くらいで猛烈な激痛が腹部を襲います。
ほんと、カミサマごめんなさい、申しませんと言ってみても後の祭りです。

お守りのようにもっているロキソニンも全然効かず、その夜を明かしました。

朝目覚めて、まだ痛みはあったのですが少し我慢をしていると楽になってきました。

いつものダンピング症候群と判断し、食後の薬をの怠ければならないので、軽くお粥を食べて服薬、

で、しばらくすると、また猛烈な痛みが襲ってきました。

この辺でようやく、いつもの痛みではないと思い、主治医のいる市立豊中病院に電話連絡して救急外来で診てもらうことにしました。

救急外来は専門外の若い医師が担当しているので、見た目に頼りない気は拭えませんが、それは仕方ない。
結果、この若い医師がGood Jobだったと思います。

前回、同様に救急で診てもらったときには問診触診だけだったのですが、状況を見て取り急ぎレントゲンとCTスキャンにまわしてくれました。

結果、腸が腫れているので緊急入院ということになり、その日の手術が終わった担当医も来てくれました。

腸閉塞もしくは腸閉塞のなりかけというのが見立てだったと思います。

まず、1週間ほど点滴を行って改善を見る。
それでもだめであれば手術を行う。

ということだったのですが、翌日もレントゲンとCTスキャンを撮って、予断を許さない状況と判断されたらしく、入院の翌日には手術と相成りました。

で、手術は一応成功したので、このような記録も書けてるわけです。

この腸閉塞は今後も発生する可能性があり、予防法もないとのことなのでげんなりですが、下手したら死ぬヤツなので、今回は良かったと思っておきます。

おかげで予定していたお風呂も旅行もキャンセルですけどね。仕方なし。

術後記録特別版でした。

映画レビュー:沈黙 サイレンス


沈黙 サイレンス
オフィシャルサイトより加工転載

沈黙 サイレンス ※ネタバレあるかも・・・

かなりヒットしているようです。

2週間ほど前に観ました。

その前に公開されると聞き、原作小説を読んでみました。

私の中学時代には、「どくとるマンボウ」派と「狐狸庵先生」派がいたように思います。

といっても、北杜夫については、中学生時分なので「白きたおやかな峰」や「楡家の人びと」などの純文学は手が届きませんでした。
読んでいたのは、もっぱらどくとるマンボウシリーズその他の滑稽小説。

狐狸庵先生・遠藤周作はネスカフェのCMの印象しかなく、映画化された「海と毒薬」などは気になっていたのですが、全く未読の状態でした。

で、今回始めて狐狸庵先生ではない、遠藤周作の代表作とも言うべき「沈黙」を読んで、打ちのめされたわけです。
はい、こんなに凄い小説家だったんだ。

隠れキリシタンへの迫害については、「青い空」などその他の作品に多数出てきます。

胸のムカつく所業の数々。

為政者にとって、「宗教」は諸刃の剣。コントロール不可能に陥れば、己と己の築きあるいは護るべき既得権が脅かされる存在です。

それは分かるのですが、ローマ皇帝ネロの時代から、なぜここまでキリスト教のみが迫害されるのでしょうか。迫害体質?
キリスト教同志の内紛もありましたが。

大体日本人の宗教観はファジーです。
神と仏をごちゃ混ぜにして、怪しまない。適当。
だからそれほど問題も起きない。
坊主がキャバクラに行っていようと、あまり咎める人もいない。

そこに一神教たる(シャレの通じない)キリスト教が入ってきたもんだから、当然のごとく排斥されるわけです。

この物語の舞台は長崎県。そして五島列島。

行ったことないけど、キリスト教徒の多い土地柄みたいですね。

寅さんが五島に行ったときも、教会が出てきたし。

この映画は原作を読んでから観たほうがいいやつだと思いました。

結構小説を忠実に再現しており、緻密な臭うような描写の原作を体験した方が映画がわかりやすいと思います。

迫害されて食うや食わずの日本人キリシタンは、メイクなどでリアルに汚している部分は多いのですが、なかでも凄いのが塚本晋也の大減量。
アメリカで栄養士についてもらって痩せたそうです。
監督の副業かとも思っていた塚本晋也ですが、俳優としても命削って挑んでます。
映画に掛ける情熱を考えればそれもむべなるかな。
最近、「シンゴジラ」といい、俳優として大活躍ですね。

主役はスパイダーマンのピーター・パーカーを演じたアンドリュー・ガーフィールド。マッチョじゃない派のハリウッドスター。

キーパーソンだけど、あまり出番のないのがリーアム・ニーソン。長い間日本にいて日本名もあるのに、日本語のセリフは一切なしというのもどうなのか。

ほぼ主役に近いポジションにキチジローという貧しい漁師(?)がいます。転びまくっている信者で、演じるのは窪塚洋介。

存在としては、鬼太郎のねずみ男にそっくりです。

原作を読んだイメージとしては、キチジローはもっと貧相で小柄なブ男かと思っていたので、窪塚洋介ってどうよと思ったのですが案外はまっていました。

一瞬しか映らない中村嘉葎雄。エンドロールでやっぱりそうだったかと確認。

それいるか?という帝王・高山善廣。

中村嘉葎雄にセリフがなく、一言だけとは言えセリフのあった高山。

しっかりとした俳優にはセリフがなくても演技をまかせられるということでしょうか。

当然ちゃあ当然なのですが、ヘンな日本描写はない。日本人スタッフの頑張りもすごい。

一箇所だけ気になったシーン。

ハリウッド映画で剣(特に日本刀)を鞘から抜く時。
刀同志を合わせる時はともかく、抜刀・納刀の際にも”シュリーン”という効果音が入ります。
明らかに金属同士がこすれる音。鞘は木製なので、そんな音がなるのはおかしい。
というか、多分無音でしょう。
どうしても効果音を入れたいのでしょうね。一箇所そんなシーンがありました。
・・・よ、マーティン。

アメリカも日本も出演俳優が凄く良いです。

二時間半、まったくダレずに観ることができました。

★★★★★

胃がん その8 副作用について


副作用
つらいっす・・・

抗がん剤の副作用

私は癌細胞と転移の怪しまれる胃周辺のリンパ節は残らず摘出しました。
なので、今後は再発の危険を観察していかなければなりません。

そのために抗がん剤としてts-1という薬を服用しています。
予定は12ヶ月です。最もその後の経過観察は5年間ありますが。
服用の仕方はいろいろあるようですが、4週間服用してその後2週間は休薬するパターンです。

もっと辛い人が山ほどいるなかで、告白するのは気が引けますが、このts-1の副作用も結構辛い。
服用を開始する前に、辛くて途中でts-1を辞める人も少なからずいるというようなことも主治医から聞いていました。
服薬予定は1年間。辛ければ6ヶ月で止めても良いという話でした。
胃がんではないものの、他癌の臨床で6ヶ月でも12ヶ月でも薬効に変わりはないという結果も出ているそうなので。

で、6ヶ月が終わるという頃、主治医に服薬をやめたい旨をポロッと訴えた処、最初とは打って変わって続行した方が良いという意見。

そりゃそうなんでしょうけど・・・辛いのよ。

セカンドオピニオンでもないのですが、同時に長年受診している心療内科の先生にも相談したところ、専門外ながら続けたほうが良いでしょうとのこと。

二人に言われたのならしょうがない。
続けることにしました。

この薬が4週分で約25,000円。一日あたりにすると約900円ほど。高い。
ホントに辛ければ抜薬して良いとのことですが、この値段を考えると気軽に抜くこともできない。
抜いた薬は何故か廃棄しなければならず、次月に回すとこできないので。なんでだ
(# ゚Д゚)

この薬は癌細胞を攻撃するわけですが、同時に正常な細胞も攻撃する。
なわけで、副作用としていろいろ不具合がでるわけです。

・吐き気、悪心
・下痢(待ったなし)
・腹鳴(たまらなく気持ちが悪い)
・爪、皮膚が弱くなる。
・ガス過剰
・味覚障害(思いの外辛い、何食っても旨くない)
・神経障害/手のしびれ(ものを落としたり)
・視覚障害(霞んで見えない)涙目(止まらん)
・慢性鼻炎の悪化(つまり、涙と鼻水がとまらん)

その他・・・

特に最近視力障害が酷いです。ものが3重に見えます。
信号や満月が全部ミッキーマウスに見えるのです。
TDLのマーク参

照。

ま、お陰様で髪の毛はふさふさのままです。ハゲるのは絶対イヤだ。

ts-1の副作用一覧に出ておらず、主治医も首を傾げる副作用(?)が出ているので、書き留めておきます。

仕事が休みの時に限って、ひどく出ます。やはり気が緩むせいでしょうか。

胃がん その7 サケについて


BAR
ストレート(ニート)が好きなのも、どうも…

ボクは酒が好きだ。
呑むのも好きだし、ウンチクも大好き。酒場の雰囲気はたまらない。

しかし、アルコールには弱く、30歳までほぼ呑まなかった。
結局、それほど弱いわけではなく、呑み方の問題だったのかもしれない。

そして、昨年の胃がんによる胃摘出手術を経て、再び酒のない日々へ。
手術をするまでは、休肝日のない毎日だった。酒のない日々は考えられなかったし、禁酒など考えもしなかった。

今は胃が元の四分の一しかない。
胃の入り口が噴門部で出口が幽門部と呼ばれる。
それぞれが機能することにより、胃は「胃袋」としての役割を果たす。
ボクの場合、幽門部側を切除したため、理屈としては底の抜けたレジ袋状態のはずである。

呑み喰いしたものは、本来は一旦胃でストックされて消化されて少しずつ腸に送られるものが、底が抜けているためダイレクトに腸に届く。
聞いたところによると、アルコールは大体胃で吸収されるらしい。
ダイレクトに小腸に送られたアルコールは、一気に吸収される。
その結果悪酔いを招く。
正常に酔えないと酒も旨くないというもんだ。

というわけで、呑まなくなって半年を越えてしまった。
幸い、良い酒は自宅には置いていなかったので、それを見て指をくわえるということもない。

行きつけのBARのマスターには事情を話して握手をして店を出た。
アイル・ビー・バック!!というやつだ。

ただ、アルコールに関する書籍を集めており、それがむなしく書棚に並んでいる。

癌を発症してから購入したものが、村上春樹著「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」。
夢に描くスコットランド・アイラ島の風景が描かれている。

潮風とピート香を味わうだけのためにも、訪れたい場所だ。

時間も金もないし、パニック障害もほぼ収まったとは言え、長時間のフライトに耐えられるかはもう少し自信がない。

このまま、禁酒の人生を送るつもりもない。

そもそも。
酔っぱらいは大嫌いだ。自分の価値観として、酒は酔っ払うために呑むものではないと思っている。
「酔っ払う」というマイナスイメージではなく、「酔う」というプラスイメージ。

基本、「酒は一人で酌(く)むもの」。確か、昔テレビドラマで藤竜也が言ってたような気がする。
彼は小奇麗な居酒屋のカウンターで静かに呑んでいた。

しかし、気のあった複数名でヤる酒も良い。
なんだろう、酔うほどに同じ空気を共有できる。脳みそに共有クラウド部分ができるような錯覚が楽しい。

さて、胃切除後に呑み喰いが元通りになった体験談も良く目にする。
本当にそんな日がくるのだろうか。

まだ抗がん剤治療が半年ほど続く。

マラソンランナーとしての復活と酒呑みをして復活後を抗がん剤治療の終了からに設定しており、現在は雌伏の時と考えている。