同じ文庫本に収められている「遥拝隊長」の方はそれなりに記憶あるのですが。
本作で主人公の人情医師をにこやかに演じるのは柳永二郎。あまり主役を張る俳優ではありません。
この地味な主人公の周りを固めるのが、派手でアクの強い俳優陣。オールスターといっても過言ではない。
にも関わらず、決して周りに持っていかれることなく、地味なまま主人公たる柳永二郎は、けだし名優というべきでしょう。
舞台は終戦直後の東京。みんながみんな極端に貧乏です。
そして戦争の傷跡も生々しく残っています。
そんな中で初老の医師・柳永二郎は診察料も殆ど請求せずに診療します。
あまつさえ「本日休診」にも関わらず、次々と来訪する患者の対応に追われ、往診までこなしすのです。
色っぽい姐さんを演じる淡島千景。
(本作と関係有りませんが、いつも扇千景と淡路恵子の三人の名前がごっちゃになります)
小津作品にも良く出ますが、若いころはすごく可愛い美人ですね。和装も洋装もすごくいい。
その情夫役が鶴田浩二。東映に流れ着くついてスーパー任侠に定着するまでは人形のような二枚目時代もありました。
本作でもやくざの役ですが、少し滑稽な役回り。
淡島千景の兄を演じるのが、人はいいけど仕事をしないろくでなし。演じるのが中村伸郎。こういう役は珍しいですね。
医院の看護婦を演じるのが岸恵子。まだ花開く前の初々しく可憐な雰囲気です。
そして、インパクト大で、なんで?と言う感じなのが、三國連太郎。
戦争で怪我をしたのか、正気を失っています。映画の中ではダイレクトに気違いと言われてますが。
この偉丈夫で男前が、自分を軍隊の指揮官と思い込み、誰かれ構わず命令しまくってトラブルを引き起こします。
確か、「独立愚連隊」か何かで三船敏郎も狂った上官をコミカルに演じていました。
こういう普段スキのないような二枚目が狂人を演じることで戦争の悲惨さを描こうという狙いなのでしょうか。
一見無駄とも思えるキャスティングです。
レイプされた娘を親切に面倒をみるゴミ拾いのおばさんも、自分の息子(佐田啓二)の嫁にという展開となると、即座に拒否するという展開が有ります。
このようなシビアな問題提起も織り込まれ、安直な人情喜劇映画ではないところを感じさせます。
しかし全体的には、観終わって晴れ晴れとした気分にさせてくれる佳作と言えるでしょう。